レポート 石井浩一
私が訪れた留学先のセントラルセントマーチンズ(CSM)はキングズクロス、セントパンカラス駅から北に10分程度歩いたところに位置しています。留学中最初に学んだのがキャンパスの建物と周辺地域の歴史、そして直近20年間に実施された都市計画です。CSMのキャンパスビルは「グラナリー・ビルディング」としても知られており、1851年に建てられ、ロンドンの穀物倉庫として使われていました。内部が吹き抜け構造になっていて天井は非常に高く、まさに倉庫のような構造をしています。滞在中、毎朝自分が通っていたその建物が、かつてロンドン市民全体を養い、ひいては大英帝国の発展を支える土台となった存在だったのだと思うと、非常に感慨深いものがありました。
キャンパスの目の前に運河が流れており、かつてイングランド北部から農作物が運ばれ、穀物庫に保管されていました。現在は人々の生活に溶け込み、散歩やジョギングルートとして使われているようでした。私も運河沿いを歩いたのですが、運河としての役目を失った後も公共の場として残されているのが素敵だなと思いました。
この地域一帯は第二次大戦後一時廃れていました。しかし、21世紀を目前にして大規模な再開発が行われました。現在は開けた噴水を中心にしたパブリックスペースを始め、運河沿いに演劇鑑賞スペース、ITオフィスビル、商業施設が立ち並んでいます。CSMが周囲の社会と複雑に絡み合い、地域の活性化を促進する役割を果たしているのです。周囲のファッションブランドが学生のスポンサーになってコラボレーションすることもあるそうです。パブリックスペースは作品の宣伝やエンタメ企画が人を呼び寄せ、経済効果が生まれます。私はまだ氷山の一角しか目の当たりにできていないので、おそらく他にも多くの相乗効果が発生していると考えられます。しかし、知れた部分の一部だけでも、都市計画が入念に行われていたことが垣間見られます。
ロンドンを練り歩き、このパブリックスペースが重要視されているという実感がますます湧きました。特に、公園と美術館は日本から来た私にとってそのレベルの高さには息を飲みました。物価は高く、移民の大量流入によって治安の悪化やサービスの質の低下によって決して全体的に居心地が良いとはいえないと思います。しかし、一般市民が享受できるパブリックスペースの質は並大抵ではないです。
ハイドパーク、セントジェームズパーク、ホランドパークといった大きな公園が中心部に徒歩圏内にあるのですが、どれも王室から出た潤沢な財政支援によって支えられているため、ものすごく美しいです。敷地も広大です。ハイドパークは16世紀にイングランドを統治していたヘンリー8世の狩場として使われていました。もともと王様のリッチな娯楽施設なのです。そういった歴史的背景も持っているので、普通の公園とは違ってとても興味深いです。また、ホランドパークは20世紀初頭まで貴族の結婚式場やその他の社交パーティーとして使われていた歴史があり、その風貌は100年前とほとんど変わっていません。こういった遠い中世や近世の趣を肌で感じられて本当に恵まれている場所だなと思いました。
V&Aミュージアムという美術館を訪れました。ここではキュテーターとして務められている方から、帝国時代の展示物の略奪の歴史と、もともとあった国に返還するために現在イギリス政府と法改正の交渉を重ねていることを学びました。現状展示物は法律によってもともとあった国に返還することができないそうです。美術館の所有物でありながら、国の所有物という状態になっているのです。しかし、美術館側としては返還したい気持ちでやまやまですが、法改正意外にも簡単にできない問題があります。それは、もともと持ち主だった国の情勢が不安定だったり、美術品を保管する設備が整っていなかったりする場合があるからです。
返還向けた動きの第一歩として、すでにリースプログラムが実施されています。これは、この相手国が保管能力を有しているか見定めることも同時にできるのです。また、保管のノウハウをリース期間にイギリス側が教育することもできます。輸送、展示にかかる費用は全てイギリス側が持つそうです。本格的に返還への取り組みを行っているのだなという印象を受けました。
展示物は無論素晴らしかったです。全世界から収集された珍しいものがたくさん展示されており、量の多さから全部見るのに1週間は係ると思います。かつてのイギリスが持っていた影響力が垣間見られます。同時に、この大きなエゴと収集癖を満たすために数えきれないほどの犠牲が生まれたのだろうなと考えると複雑な気持ちになりました。



